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東京地方裁判所 昭和37年(レ)14号 判決

事実

被控訴人(一審原告、勝訴)大塚隆は請求の原因として、控訴人大町実(以下「実」と略称)は控訴人大町敏(以下「敏」と略称)を署名の代行機関または代理人として、被控訴人に宛て昭和三十五年二月十三日より同年七月十五日までの間六回に亘り金額合計十五万七千二百円の約束手形(六通)を振り出した。仮りに、「敏」が「実」の署名の代行機関または代理人として右約束手形を振り出す権限を有しなかつたとしても、「実」は、「敏」が訴外城南信用金庫大森支店との間に「実」名義で当座預金取引口座を開くことを承諾し、「実」名義を使用して右取引をするにつき代理権を与えており、かつ「実」は「敏」に自己の印章を預け、それを使用して右取引をすることを認めていたから、被控訴人が「敏」には「実」の署名代行機関または代理人として、右各手形を振り出す権限があるものと信じるについては、正当の理由があつた。従つて「実」は民法第百十条に基づき、本件各手形金の支払義務がある。のみならず、「敏」は、昭和三十五年二月十三日頃、被控訴人に対し、「実」のために本件各手形債務について、連帯保証をすることを約した。

ところで被控訴人は、本件各手形の所持人として、それぞれの満期に各手形を支払場所に呈示したが、その支払を得られなかつたので、控訴人らに対し、各自本件約束手形金合計十五万七千二百円並びにこれらに対する支払済までの利息の支払を求める、と主張した。

控訴人大町実は抗弁として、被控訴人主張の約束手形は、すべて「敏」が「実」の記名印と印章とを冒用して作成したものである。仮りに「敏」が偽造したものでないとしても、右約束手形は、「敏」が「大町実」なる別名を使用して振り出したものである。すなわち「敏」は、プラチツク成型加工業を営んでいたが、昭和三十三年九月頃不渡手形を出して東京手形交換所の取引停止処分を受けた。しかし、営業を継続するについては、銀行との当座預金取引が必要であつたので、約半年後、息子の「実」名義を用いて訴外城南信用金庫大森支店と当座預金取引契約を結び、必要に応じて「大町実」振出名義の約束手形を以て商取引の決済をしていた。「実」は、「敏」に対して自己の名義を、右当座預金取引に使用すること自体を承諾したのに止まり仮りに実がこの事実を知つていて、またはこのような行為を事後承認したとしても、「実」は自己に手形振出の効果が及ぶことを承認していたものではない。銀行当座預金取引は、すべて「敏」の資金関係においてなされていたのである。要するに、「実」には、「敏」が、「実」の承諾を得ないで振り出した約束手形の債務を負担する意思はなく、また、それらの約束手形が振り出された場合、「実」として、その振出を追認する意思もなかつたのである、と主張して争つた。

理由

控訴人大町敏がプラスチツク成型加工業を営んでいたところ、昭和三十三年九月頃不渡手形を出して銀行から取引停止処分を受けたこと、しかし営業を継続するについては銀行当座預金取引が必要であつたので、「敏」は約半年後、息子の控訴人大町実名義を用いて訴外城南信用金庫大森支店と当座預金取引契約を結び、その後「大町実」振出名義の約束手形を以て、商取引の決済をしていた。「実」は「敏」に対し、自己の名義を、右当座預金取引に使用すること自体を承諾したに止まると自陳する。さらに、証拠によれば、控訴人らの右主張事実のみならず、「実」は、「敏」が当座預金取引口座を設定するについては、プラスチツク成型加工業に関し、必要な「実」名義の約束手形を振り出すことを承諾していたこと、本件各手形に押捺された「実」の記名のゴム印および認印は、同控訴人が作成し、自身が使用すると共に、同居する「敏」が、手形振出に自由に使用していたこと、「敏」は、本件各手形のほかに、「実」名義の枚数にして四十通位、金額にして合計三百万円ないし三百五十万円の約束手形を振り出したことがあり、その振出については、事前事後において「実」の承諾を得ていたこと、「敏」は昭和三十五年二月十三日頃、肩書自宅において、約束手形用紙六通の振出人欄に「大町実」の記名のゴム印及び「実」が実印の代りに使用していた認印を押捺し、受取人と振出日の欄を除くその他の欄に各手形要件を記入して本件約束手形六通を作成しこれを被控訴人に交付したことが認められ、さらに、弁論の全趣旨によれば被控訴人は白地補充権に基づき、右受取人と振出日の欄をそれぞれ補充して現にこれを所持していることが認められる。

してみると、「実」は、右当座預金取引後、「敏」が「実」名義を以て約束手形を振り出すことにつき、包括的な事前の承諾を与えていたということができる。

従つて、「敏」は、自己の取引上の債務を決済するために、「実」から、同人名義の約束手形を振り出すについて、得ていた事前の承諾に基づき、本件各手形を振り出し、「実」は、「敏」が、自分の署名の代行機関として本件各手形を振り出すことを承諾していたと認めるのが相当である。この場合、右当座預金取引の操作が全く「敏」の資金によつてなされ、「実」は何ら与り知るところがなく、且つ「実」が右当座預金口座を利用したことがなかつたとしても、結論を左右するものではない。けだし、「実」は「敏」のために、包括的な与信行為をしたと認めるべきであるからである。さらに「実」は、「敏」が「実」の承諾を得ないで振り出した約束手形について、債務を負担する意思はなく、それらの約束手形が振り出された場合、「実」として、その振出を追認する意思はなかつたと主張するけれども、仮りに「実」において、手形債務負担、或いは追認の効果意思がなかつたとしても、「実」同人名義を以て振り出された約束手形の無効を相手方(本件においては被控訴人)のみならず、一般の善意の第三者に対して主張することは、民法第九十三条本文の心裡留保の規定に従い、許されない。被控訴人、が「実」に、本件各手形については債務負担の意思がないことを知り、またはそれを知ることができたであろう事実については、控訴人らの主張さえしないところであり、そのような事実を認めるに足りる証拠資料は、何ら存しない。

また、控訴人らは、本件各約束手形は偽造であると主張するけれども、既に前段判示の事実により明らかなように、「実」は、「敏」に対し、自己名義の約束手形を振り出すことに、包括的な承諾を与えていたと認めるべきであるから、右偽造の主張は全く当らない。

しかして、原審における被控訴人及び控訴人大町敏各本人尋問の結果によれば、「敏」は、昭和三十五年二月十三日頃被控訴人にあて本件各手形を振出交付した際、「実」の右手形債務につき、自分も責任を以て連帯してそれを支払うことを言明したことが認められるから、この場合、「敏」は、「実」の本件各手形債務につき連帯保証をしたということができる。

被控訴人が本件各手形をそれぞれ満期の日に支払場所において呈示したことは、控訴人らが自白したところである。

してみると、控訴人らは、被控訴人に対し、各自、本件各手形金合計十五万七千二百円並びにこれらに対する支払済までの遅延損害金を支払う義務がある。よつて、被控訴人の本訴請求は何れも正当であり、これを認容した原判決は相当であるから、本件控訴は理由がない。

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